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練馬区剣道連盟沿革
昭和22年8月1日、練馬区独立。
東京23区の中では最も新しく誕生した区で、板橋区の一部だった旧北豊島郡練馬町・上練馬村・中新井村・石神井村・大泉村の区域が1947年8月1日に分離して発足した。面積は48.16平方キロメートルである。23区の総面積の約7.7%に当たり、23区の中では5番目の広さである。

昭和25年頃の谷原から大泉方面を見る
※練馬区役所ホームページ
「ふるさと練馬の思い出写真」より
GHQの厳しい統制下の中、練馬区剣道連盟の設立準備が始まる。
GHQとは、第二次世界大戦終戦直後の昭和20年(1945)、ポツダム宣言執行のために占領下に置かれた日本を管理する為の連合国の機関、連合国軍最高司令官総司令部の略称である。GHQは、昭和21年に日本国内の武術や武道を統括していた政府の外郭団体である大日本武徳会を解散させ、関係者1300余名を公職追放し、武術・武道を禁止した。
GHQ占領が終了した昭和27年(1952年)、全日本剣道連盟(全剣連)が結成される。

昭和27年(1952年)10月14日、全日本剣道連盟結成。
初代会長は木村篤太郎。
昭和27年、練馬区剣道連盟発足。
片桐恒一練馬警察署長をはじめ警察関係者の協力のもと、組織を構築。その第一歩を踏み出す。
昭和27年、練馬区剣道連盟初代会長に片桐 恒一 氏を迎える。

初代会長 片桐 恒一
練馬警察署署長 練馬剣友会 初代会長
昭和27年、二代目会長に松井 吉衛 氏就任。

二代会長 松井 吉衛
練馬警察署署長 練馬剣友会 第2代会長